生活の必需品である靴。
気にしたことなんかないという方も多いでしょうが、その作り方をご存知でしょうか?
安価な製品だとしても、決して、全自動でロボットが作ってるわけではないんです。
今回は、国内では少数になってしまいましたが、靴製造業のお仕事とは?を綴ります。
正式には、製靴業(せいかぎょう)と言いますが、聞いたことない人がほとんでしょう。
靴を作る仕事とは、一体どんな仕事なのか、知っていただけたらと思います。
靴製造業の仕事内容
国内の靴を扱う企業で言うと、ごく一部の大手を除き、中小企業はかなりの数が倒産してしまっています。
私が在籍していたのも典型的な中小ですので、あくまで、その企業での仕事内容の紹介になります。
実のところ、靴って同じように見えても、製法が1つや2つではないんです。
グッドイヤーウエルトや、マッケイなど、靴好きなら聞いたことがある方もいるかもしれませんね。
さらに、会社ごとに独自の製法なんかも持っていたりと、バリエーション豊富なんですよ。
一般的には量販靴にはセメント製法(接着剤で圧着して貼り付ける)が主流で、私も、そのセメント製法の知識しかありません。
テレビなんかで、ベテランの職人さんが全工程を1人で手作業で仕上げる様子などが紹介されますが、あれは本当に高級なラインの靴でしか行っておらず、会社として靴を量産して作る場合、分担作業となります。
一般企業と同じく、営業部門がありますし、社内に企画部門を置いているケースもあります。
製造部門は本当に、製造のみで、デザインなどは行いません。
紳士靴と婦人靴、子供靴などを同じ工場で製造することもありません。
そもそも、サイズの規格が違うので、同じ設備で流用出来ないんです。
さらに、その中でつり込み(靴を形にする作業)と仕上げ(磨いたり箱詰めする作業)に別れ、且つ、各工程ごとに人を配置して作業に当たります。
靴を作るんだから、技術職と思われがちですが、私は新卒入社だったんです。
職場の平均年齢は50歳代後半だったと思いますね。
嘱託扱いの大先輩などは、70代の方もお勤めになっていました。
そうした環境ですから、何も出来ない新人の仕事は、単純に力仕事になるんです。
木型っていう、サイズ別に足のような形をした、靴の形を作るうえでのベースになる型があるんです。
デザインごとに違って、50種類はあったでしょうか?
これを、左右両足、作らなければいけない数だけ倉庫からサイズ・ワイズごとに探し出すんです。
当時、60足などのロットで作ることが多かったので、120個の木型を集める。
これがまた、重いんですよ。
60足分集めたら、人力じゃ運べないくらいの重量感でした。
若手の仕事は、そうした木型の種類を覚え、揃えたりする、職人さんたちのお手伝いです。
そうやって靴の基礎を覚え、先輩たちに気に入ってもらえるようになって、初めてじゃあ、お前これやってみろってお声が掛かる。
目の前で1度見せられて「同じようにやってみろ」
やったらやったで「違うよ、そうじゃねえ!こうだ!」
先輩方が不親切なわけじゃないですよ。
みんな、そうやって自分の師匠の仕事を目で見て、覚えてきた方々ですから。
それが当たり前だし、それ以外の方法を知らないだけなんです。
これの繰り返しで、1つ1つ信用を勝ち取り、次の工程へ進む。
人にもよるでしょうけど、およそ10年はやって1人前という世界です。
が、残念ながら工場の閉鎖が決まり、8年強勤めたものの、私は靴業界からは離れることを決めました。
靴製造業の一日の流れ
8時~出勤
工場での作業がメインですから、比較的朝は早く、8時始業なんですよ。
朝礼をやって、その日の生産予定などを確認、配置などが指示されます。
午前中はメインとして靴を作るための各パーツの準備などを行っていました。
靴のつま先や踵の部分、ちょっと硬くなってますよね?
先芯や月型と呼ばれるあの芯は、先にシンナーに漬けないと硬くて使えなかったり。
中底(足の裏が接する部分)を固定する釘打ちや、ソールはソールで、靴の本体は本体で、それぞれに専用の強力な別の接着剤を使用していましたね。
午後、仕上げをするための前準備的な作業を午前中に行います。
12時~昼休み
一斉に、全員で昼休みを取るというシステムでしたね。
社員食堂などがあるわけではないものの、希望すれば宅配のお弁当を取ることが出来て、意外と利用者は多かったようです。
外出なども自由なので、自宅が近所のパートさんなどは普通に帰っていたようですが。
大先輩しかいないので、休憩時間は話し相手には困りましたね。
特に関心はなかったのですが、野球、ギャンブル、お酒や煙草の話題を持っていないと成立しないので、必死に情報収集してましたけど。
13時~仕事再開
午後は、午前中に準備したパーツを使って靴を仕上げていきます。
完全に手作業で感覚頼りにしか出来ない作業と、機械を操作して行う工程があります。
工場で1番若いのは私でしたが、機械も実は、音を聞いて微調整が必要な代物でした。
ボタンを押せばOKとかなら、よかったんですけどね。
個人的には、自分の手で作業する方が得意だったな、と。
機械の調整をミスると、最悪の場合、靴が売れないレベルで駄目になるんです。
手作業なら、そこまで致命的に傷付いたりはしませんから。
弄り回して、機械自体を壊してしまったという、嫌な記憶も残っています。
15時~休憩時間
ここで休憩が入るんですよ。
こういう文化、工場ならではかな、と今では思いますね。
場合によっては、パートさんたちとお菓子を食べたり。
15時15分~定時
新人時代は言われたことをやるのみですが、この辺の時間から翌日の準備が混ざります。
自分が関わって仕上げた靴の出来上がりを確認したり、疑問点などをこの時間のうちに先輩たちに教えてもらっておかないと、翌日、自分が大変なので。
17時が定時の工場でしたが、大先輩たちはきっちり定時で帰るので、ここからは若手の中の先輩の指示を聞いて、若干の残業タイム。
掃除したり、在庫のチェックしたり、そういう雑用的な作業は一人前未満の新人が担当。
トラブル(返品など)がなければ、それでも18時過ぎくらいには帰れますけどね。
靴製造業の大変だったこと
何一つ、マニュアルというか、参考にする資料や決まり事などが存在しないことです。
少し触れましたが、量産をメインとしている株式会社という形を取っていても、現場の仕事は目で見て、耳で聞いて自分の感覚で覚える以外にありません。
私自身も、何年目かには新人のパートさんに初歩的な作業を教える立場になっていました。
自分の目で見て、耳で聞いて覚えた仕事を、言語として教えることは非常に困難なんです。
「なんで、もっとわかりやすく教えてもらえないんだろう?」
これは、私自身が入社後から長らく感じていたことだったんですね。
にもかかわらず、わかりやすく教えようと意識したところで、身に付けた技術はやはり、目で見て、耳で聞いて、自分の感覚として身に付けてもらうしかないのだと知ることになりました。
こういうの、技術職と呼ばれる仕事に携わった経験をお持ちの方なら、ご理解いただけるでしょうか?
はっきり言って、これは非常に非効率です。
何人か、私の後にも新卒で入社してくる若手がいなかったわけではありません。
それでも、工場が閉鎖するまでずっと、私が最年少の立場を守ることとなります。
教育の形も整備されておらず、師匠次第で教え方がその都度変わってしまうのも厳しい。
私の最初の師匠は68歳でしたから、最初の1年で体調を崩して退職してしまいました。
当然、何をどう教えたなどの引継ぎなど、あろうはずもありません。
後任の師匠に責任があるわけではないですが、その仕事の進め方、指示の出し方の違いに戸惑いは決して少なくはありませんでした。
何かがおかしいとか、このままではいけないとか、そういった意識は会社にはないんですね。
それが当たり前なんです、職人の世界って。
半人前は、一人前になるまでは意見も求められませんし、聞く耳さえ持たれません。
「俺がやれって言ってんだから、黙ってやれ!」
大抵のことは、これで終わりです。
教えたのだから出来るだろう。
出来ないのはお前が未熟なだけだ、やれる方法を考えろ。
こうした古くからの当たり前に、誰1人として違和感をもたない。
最初のうちは違和感だらけでしたけど、3年くらい過ごすうちに、私も特に何とも思わなくなってしまっていましたから。
こうした世界ですから、普通に考えて、よほど靴職人への憧れや夢が強く、大きくない限り、若手は辞めてしまって当然の環境だと思います。
ついでに補足しておくと、給与体系も優れているとは言えません。
確かに高卒で、資格もなく働く私はただの見習い、修行中という扱いかもしれませんが、倒産まで8年強勤め、手取りが18万程度です。
残業代などの概念も存在せず、入社以来、昇給も2万円程度増えたかどうか、という水準ですね。
技術さえ身に付ければ、職人不足で70代でも働ける環境ですが、結婚している若手の先輩などは、夫婦共働きなうえ、深夜バイトなども行っていたようです。
靴製造業界で、やっていけるかどうか。
それは、食べていけるようになるまでを耐える、その覚悟があるかどうかでしょう。
セメント製法だけでは厳しいですが、高度な製法を極めれば、事実、個人としてブランドを起ち上げ、独立開業している方々が存在しているのはご存知の方も多いかと思います。
将来的な夢は、間違いなくある業界なんですけどね。
靴製造業のやりがい
大変だったことと相反する部分ではあるのですが、右も左もわからず、ただやらされていただけの仕事。
それが、ある日を境に、急にわかるようになるんです。
思うように作業できず、ラインの仕事を自分が詰まって止めてしまう。
仕事が稚拙過ぎて、後から先輩による手直しを受けてしまう。
もちろん、それは悔しいので、どうすれば上手く出来るのかを考えて試行錯誤する。
そうすると、ある日、何かの境地に達する日が来るんですよ。
1ヵ月やそこらで身に付くわけはないのですが、毎日の繰り返しで、身体が覚える。
そうなってくると、途端にいつもの作業が楽しくなってくる。
楽しくなるから、もっと綺麗に仕上げたいと、前向きな欲が出る。
その欲が出るから、クオリティがまた良くなっていく。
この好循環にハマったことを初めて実感した日は、堪らない嬉しさでしたね。
滅多に褒められる環境ではなかったですが、大先輩たちからもお褒めの言葉をいただいて。
在籍時、5年ほど受け持っていた作業工程では、お前がうちで間違いなく一番だ、とお墨付きを受け、照れ臭いので平静を装っていましたが、内心では舞い上がっていたものです。
マニュアルなどがないことで、身に付けるまでの過程は確かに厳しいものがあります。
その一方で、決まりがないので、必ずこうしなければいけない、ということもありません。
自分なりに、進め方にアレンジを加えられるんです。
人に教える前提ではないので、自分がより良く出来るやり方が認められる。
業界は古い体質ではありますが、逆に、オリジナリティが認められない会社の方が、現代では多いでしょう。
そうしたことから、想像力があり、好奇心を持って色々と試してみたいという思考の方であれば、今までにない成果を上げることも出来る環境であるかもしれません。
まとめ
あまり注目を集めることもありませんが、靴製造業の仕事を簡単に紹介しました。
現在では中国製を中心に、アジア諸国から安価な靴が流通し、革靴でも、信じられないほど安く手に入るようになりましたね。
20年ほど前までは、ただ安いだけで品質は本当に値段なりの、安物買いの銭失いを証明するかのような製品ばかりでしたが、最近の安価な靴は出来も素晴らしい。
こうした背景もあって、日本国内の靴製造業は、私が在籍した会社も含めて次々に倒産していっています。
とは言え、日本の生き残っているメーカーなどは、世界的には高く評価されているのもまた事実なんですよね。
品質の面では、同じ値段であれば、まだまだ日本製の方が上であると、私は信じています。
極端に安い日本製の革靴などは、仕上げだけ日本で、8割方海外で作ってることになりますが、最後に日本で仕上げされているだけでも、やはり違ってくるものです。
現在の時代に、積極的に靴製造業に飛び込むことはお奨めはしませんけどね。
ただ、靴は思っているよりも複数の人間の手で、様々な思いが込められたうえで店頭に並んでいるのだということだけでも、知っておいていただければありがたいです。
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